慶応義塾大学名誉教授 東洋大学教授 竹中平蔵

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ロバート・ウォルターズ・ジャパン 代表取締役社長 デイビッド・スワン

salarysurvey2018-2-1

仮想通貨の普及やオリンピック開催で日本経済にどんな影響が期待できるのか。東京オリンピックを間近に控えて人材需給が逼迫する中、働き方改革では何が重要か。「規制緩和」、「生産性の向上」、「コーポレート・ガバナンス強化」――。
ロバート・ウォルターズ・ジャパンは、日本の最新雇用動向と職種・業種別の給与水準をまとめた「給与調査2018」を発行しました。これを記念し東京都内で開催した発表会に竹中平蔵さん(慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授)をお迎えし、世界・国内経済と労働市場の見通しについてディスカッションを行いました。

>>「給与調査2018」スペシャル対談 第1弾はこちら

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「オリンピック効果で人材需給が逼迫する分野も出ています」―デイビッド・スワン

東京オリンピックを間近に控えて人材需給が逼迫している分野も出ています。まずIT分野ではセキュリティ対策の加速が目立つほか、IoTの開発・実用化の動きが急速に広がりデータアナリスト、データサイエンティストへの需要は高まり続けています。AI、IoT専門人材の需要増については数年前から予想されていましたが、産業からの実需を受けて2017年は求人の本格化が見られ、1年を通じて求人数が高水準で推移しました。AIを巡っては研究者・開発者とは別に実用化を担えるエンジニアが少なく、需要に対して圧倒的に供給量が足りません。

消費財業界ではオリンピック開催に向けて、協賛・広告キャンペーンを用いたコンシューマ・エンゲージメントを担うマーケティング職の採用需要が増え始めています。東京だけでなく大阪、金沢、ニセコなどの地方都市で相次ぐ外資系ホテルの開業と全国的な訪日観光客増を受けて、ホテル業界ではバイリンガル人材の需要の伸びが加速しています。ラグビーW杯日本開催と東京オリンピックがそれぞれ2・3年後に迫る中、スポーツイベント関連会社の採用も活発です。関西では、インバウンドの好調を受けて大阪・京都でホテルの新設・リブランドが続いており英語に堪能な人材の採用が急務になっているほか、レジャー施設でもマーケティング職・事業企画職の増員があるなど関西でもバイリンガル人材の需要が高まっています。さらに関西国際空港に乗り入れているLCCの就航・増便を受けてレジャー施設・航空会社での増員が目立ち、マーケティング部・人事部・企画部・総務部など幅広い部門で契約・派遣社員の求人数が伸びています。オリンピックに続き統合型リゾート、大阪万博なども話題にあがるなか、関西ではホテル、店舗での接客職、関西拠点の内勤など2018年以降もバイリンガル人材の需給ギャップはさらに膨らむすることが予想されます。

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「オリンピック開催前に規制緩和とコーポレート・ガバナンス強化を」―竹中平蔵

――オリンピック後の日本経済はどうなりますか?(イベント参加者)

世界人口の7%が視聴するといわれるオリンピック/パラリンピック。ワールドカップなど他の国際大会に比べてもその注目度が遥かに大きいので開催国には緊張感が漂います。改善が求められる部分があれば開催までに改良しよう、となる。デッドラインエフェクト(締切効果)と呼ばれる効果です。53年前の東京オリンピックのときを思い出してみてください。ここには、まだ生まれていなかった方もいらっしゃるでしょうね。私は中学生でしたが、新幹線が東京オリンピック開幕の9日前に開通しました。今でこそ都心には高級ホテルが立ち並んでいますが、東京プリンスホテル、ホテルニューオータニ、旧・東京ヒルトンホテルなどはオリンピック開催にあわせて開業しました。このようにオリンピック開催は社会の活性化にも好影響をもたらします。2020年後の日本がどうなるか。それは私たち次第です。不動産相場も悪くない。賃金上昇の兆しも見られます。

今朝、国会議事堂で政策会議に出席してきました。自動運転についての会議です。ドライバー不足問題を受けて、日本は自動運転需要が高まっています。センサーシステム、カメラシステムなど日本の自動車業界には高い技術があります。しかし規制が商用化を阻んでいます。今の関連法規では車は人が運転しなくてはならない、とされています。AIではだめだということです。規制緩和が必要です。2020年までに規制緩和ができればオリンピック終了後もそのレガシー(遺産)が役立つでしょう。2012年ロンドンオリンピックの開催を前にイギリスでもレガシー(遺産)についての議論が積極的に交わされました。高級ホテルも複数開業し、MICE施設もできました。日本でも規制緩和に向けた取り組みが進められていますが、先述のとおり再生への勢いが減退しています。2020年以降も見通しは暗くありません。しかし2020年までに十分な取り組みがなされないと、高齢化・少子化を背景に残念な結果を見ることになるかもしれません。ですから規制緩和を進め、コーポレート・ガバナンスの強化で労働市場を柔軟にすることで国の力を引き出さなくてはならない。2020年までに成し遂げたいですね。

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「仮想通貨は長期的には重要な役割を担っています」―竹中平蔵

――ビットコインなどの仮想通貨について。経済への影響について教えてください(イベント参加者)

ビットコインは2008年にコンセプトが発表され、2009年に発行されました。その価値は発行当時の10万倍にまで膨らんでいます。私も買っておくべきでしたね(笑)。ところで、通貨とはどんな役割を担っているのでしょう。まずは、ものさしとしての役割。円、ドルなど価値を計るものとしての役割。次に交換するためのものという役割。「これを買うかわりに、XX円支払います」と。3つ目は富を蓄える役割。皆さんほど多くは持っていませんが私にも少しの富があります。ほとんどが円です。皆さんの場合はドルかもしれない、ユーロかもしれない。経済視点から重要になるのは2つ目の交換ツールとしての役割ですが、ビットコインの場合は3つ目の富を蓄える役割だけに目が向けられている。交換ツールとしての役割に言及されていないことが問題だと思います。多くの人がビットコインはバブルだと言っていますが、私もある種のバブルだと認識しています。さて、ビットコインから離れて仮想通貨の役割を考えてみましょう。仮想通貨にはとても重要な役割があります。数多くの仮想通貨がありますが、先日サンフランシスコのリップル社を訪問する機会がありました。リップルの仮想通貨は銀行の決済・送金処理に用いられるツールとして急速的に活用が広がるでしょう。調査によると金融機関の決済・送金処理のおよそ2~3割が、数年以内に仮想通貨に替わると予想されています。みずほ銀行が大規模リストラを発表した背景にもこの技術があります。銀行を介した送金にはコストがかかりますが、この仮想通貨の仕組みを用いれば手数料がかからなくなる。仮想通貨はこのように長期的には重要な役割を担っているのです。

salarysurvey2018-2-05

「コーポレート・ガバナンスが弱いから、生産性が低い企業でも社長はポストを失わない」―竹中平蔵

――生産性では諸外国に劣ると言われる日本ですが、生産性が低い根源には何があるのでしょうか?また、政府は生産性向上のためにどんな政策を検討しているのでしょう?(イベント参加者)

生産性はとても重要。政策を決める上でも重要です。ソニー、パナソニックの工場というように単体でみれば生産性は高いでしょうね。しかしマクロで見ると生産性はとても低い。生産性を一人当たりGDPで計ってみても、日本の一人当たりGDPはとても低い。その理由は至ってシンプルです。生産性の低い分野があるからです。農業など規制に堅く守られている分野では生産性が低い。競争関係がない。政府に守られている。改善に対するインセンティブが与えられない。こういった体質的に生産性が低い分野から生産性の高い分野へと人を移せば一人当たりGDPは上がります。そこで問題なのが「代謝」です。産業・社会の代謝改善が必要。コーポレート・ガバナンスです。コーポレート・ガバナンスが弱いから、生産性が低い企業でも社長はそのポストを失わない。政府は3年前に東京証券取引所にコーポレートガバナンスコードを設置するように働きかけました。その結果、上場企業は2人以上社外取締役を起用しなければならなくなりました。それでも諸外国と比べるとまだ弱いため、安倍政権は再び強化しようと動いています。

次に、より柔軟な労働市場が必要です。生産性の低い分野があると話しましたが、日本では企業が従業員を解雇するのがとても難しい。法律で定められているのではなく、過去の裁判例に縛られているのです。政府はこうした過去を塗り替えなくてはならなりませんが、連合と野党の反対にあっています。ここにもCRICサイクルでいう怠慢の兆しが見られます。

――ブラック企業という言葉があります。人事部としては当然ブラック企業にならないようにと企業努力をしています。しかし生産性、長時間労働・過労死・待機児童などさまざまな課題があるなかで、これからの日本の社会・労働者を待ち構えているのは何ですか?

残念ながらこの点において政府は明確なビジョンを持っていません。残念ながらブラック企業と呼ばれるような会社に働く社員が、過労を苦に自殺しました。それを受けて政府は長時間労働を是正するよう企業各社に働きかけています。そのためにはもっと根本的な部分から労働市場を改善しなくてはなりません。終身雇用の仕組みに問題があります。トップダウンで上の言うことは絶対。転職するのが難しい、そういった環境に苦しむ人は少なくありません。この問題は解決されなくてはならない。

労働市場改革が必要です。人材の価値は多様であるべきです。終身雇用といった従来の仕組みが見直され、柔軟にならなくてはならなりません。たとえ企業が柔軟な仕組みを採用したいと思っても、裁判例に縛られていて解雇が難しい。そこは変えていかなくてはなりません。もうひとつは、日本の人口は減少を続けるということも忘れてはなりません。外国人労働者が必要なのは間違いありません。「移民受け入れ」について国民調査を実施したならば9割の人が反対するでしょう。「移民」と言う言葉にアレルギーがあるかのようです。そのため安倍首相の主張はこうです。「政府は移民受け入れは考えていない。でもゲストワーカーは必要」。経済戦略特区では家事代行にフィリピン人を雇用していますが、評判はとてもいい。移民への懸念は防衛面にあると捉えています。日本はとても治安がよく真夜中でも外を出歩けますが、外国人が増えれば危険性が高まるという懸念を多くの人が抱いています。ヨーロッパのいくつかの国では実際にそうした問題が起きていますが、シンガポールでは国民の37%が移民です。ポイントは外国人労働者をどんな条件で受け入れるかです。政府も近い将来移民を推進することになるかもしれません。しかし今の日本には移民に関する法規がないのです。移民受け入れの基準がく、移民を取り締まる法律がないのです。これは極めて危険なことです。その点においても着実な進歩が見られますが、残念ながらこの国では外国人労働に対しての偏見が強い。それは変えられなくてはならないと思います。

(2018年1月 ロバート・ウォルターズ・ジャパン主催 給与調査2018発表会より。文責:ロバート・ウォルターズ・ジャパン)