経済学者 竹中平蔵氏 

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ロバート・ウォルターズ・ジャパン 代表取締役社長 ジェレミー・サンプソン

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「スーパーシティ構想」、「国際秩序のルールシェイパー」、「労働力人口減少」――。国際社会で競争力を保ちたい日本は、どこまで成長できるのか。中長期的な課題とは。テクノロジーの進化とグローバリゼーションが加速するなか、日本のビジネスシーンは今どんな人材を欲しているのか。最も求められているスキルとは。

ロバート・ウォルターズ・ジャパンは、日本の最新雇用動向と職種・業種別の給与水準をまとめた「給与調査2019」を発行しました。これを記念し東京都内で開催した発表会に経済学者の竹中平蔵さん(慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授)をお迎えし、世界・国内経済と労働市場の見通しについてディスカッションを行いました。

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salarysurvey2018-1-02

「IT人材を巡って世界的な獲得競争が見られます。フィンテック台頭で監査・法務人材の採用も増えています」 ―ジェレミー・サンプソン

第四次産業革命とも呼ばれる技術革新と産業構造の変化を受け、デジタル人材、IT人材への引き合いが世界全域で強まっています。2019年も減速の兆しは見られません。多くの業界でデジタルトランスフォーメーションが普及し、開発職とデジタル関連職の求人が継続的に増加。サイバーセキュリティの導入・強化が広がり、ビッグデータやAIを扱うスペシャリストを巡る人材需要は過去最高の水準に達しています。サンフランシスコではブロックチェーン&仮想通貨分野が経済成長を牽引しました。日本でも機械学習・AIなどの先進技術のIT系スタートアップ企業とフィンテック事業が優秀な人材を引き付けています。中華圏全域では2018年もハイテク産業の経験を積んだトップレベルの人材に対する需要が供給を大幅に上回り、GAFA参入などで活発なイギリスのIT業界もソフトウェア開発者・エンジニアを巡る競争の激化に直面しています。

金融サービス各社の人材需要は国・地域によっても様々ですが、デジタル化やフィンテックの浸透を受けて金融規制の厳重化が進み、リスク&コンプライアンス人材、監査人材、法務人材の需要は世界的に高まっています。これは2019年後期以降も続くことが見込まれます。英EU離脱の影響などから金融サービス企業の参入・事業拡大が目立つドイツでもこうしたスペシャリストの採用は更に増えるでしょう。

salarysurvey2018-1-03

「今年は、スーパーシティ構想の実現に大きく近づくでしょう」 ―竹中平蔵

今年は景気循環と経済成長がわずかに減速するかもしれません。IMFは2018年予測の3.8%に対し、2019年は3.7%とわずかに落ち込むとの予測を公表しました。一方、安部内閣の見通しは少し違います。政府経済見通しでは、昨年の国内の経済成長率(予測)は0.9%だったのに対し、19年度は1.3%と予測しています。昨年は自然災害が相次いだ影響で予測値を下回りましたが、今年は予測値を上回るかもしれません。個人的には、少し強気過ぎる水準なようにも感じます。株価変動、経済変動は更に広がるでしょう。

昨年はアメリカの利上げと所得税・法人税削減など相次ぐ税制度の見直しが、景気を刺激しました。しかし、これが米政府に高額な赤字をもたらしました。その結果、金利と為替相場が変動し、その影響は世界経済にも及んでいます。もうひとつは、アメリカと中国の対立。貿易戦争だけに留まらず、アメリカ流の資本主義と中国流の国家資本主義の対立に発展し、経済変動を生んでいます。6月にはG20大阪サミットがあり、開催国の日本には大きな役割があります。長きにわたってルールメーカーという重要な役割を担ってきたアメリカは、国際秩序を変え、自由貿易・グローバリゼーションのあり方を変えようとしています。中国はルールメーカーにはなれません。日本も同様です。しかし、日本には「ルールシェイパー」(規則を整える者)という重要な役割が課せられています。日本は、アメリカが退いた後のTPPをとりまとめ、EUとの経済連携協定も締結しました。すでにルールシェイパーとしての役割を果たしつつあるのです。

3つ目は先にサンプソン社長が挙げた第四次産業革命です。AI、ビッグデータ、ロボット、IoT。2019年には飛躍的に発展するでしょう。日本政府は「スーパーシティ」の実現を提唱しています。このスーパーシティとは、キャッシュレスが普及し、自動運転の車が行き交い、役所に転出・入届を出せば銀行口座・運転免許なども自動的に住所変更の手続きがされる、そういった社会です。

salarysurvey2018-1-04

「あらゆる産業でデータ、AI、クラウドに携わる仕事が急増しています」 ―ジェレミー・サンプソン

クラウド、IoT、エッジコンピューティング、高度なデータ分析、機械学習などの先端技術は、自動運転技術の開発を始め、工場自動化(FA)、サプライチェーンなど様々な事業に向けて開発と導入が進められています。こうした需要を受けてクラウド、RPA、IoT、ビッグデータ、AI分野を中心に既存企業での大規模な増員と、相次ぐ新規参入企業での採用活動が同時期に行われていることから、人材需給は逼迫しています。通信インフラ整備の鍵となる第5世代移動通信システム(5G)実現に携わる求人も目立ちます。

RPA・ロボット・機械学習などの先進技術の導入で自動化(オートメーション)が広まるのと同時に、2018年は大手金融機関などでは、一般事務職の席数を段階的に減らす動きも見られはじめました。しかし、大多数の企業では自動化によって従来の職種・ポジションでの業務効率を改善し、収益に直結する仕事などに人知を集約できる環境を整えることで、従業員のワークライフバランスを改善しながらビジネスの競争力を伸ばしています。また、自動化に関わる技術の開発・導入・運用を担う仕事も多く創出されているほか、データ・情報をもとに戦略を編み出すなど、専門知識や経験が鍵を握る仕事、人の手を介すことが付加価値に繋がる仕事では人材需要が従来以上に高まっています。

 

salarysurvey2018-1-04

「労働力不足は続く。定年後の再雇用と、女性の待遇改善に期待が集まります」 ―竹中平蔵

Q労働力不足は今後3-5年も続くでしょうか?

昨年、労基法が70年ぶりに改正されました。労働時間ではなく能力・成果型の報酬制度が少しずつ広がることが期待され、雇用市場を大きく変えるきっかけになりました。さらに、年末には外国人労働者の受け入れ拡大に関わる入管法の改正がありました。建設・農業・介護など14業種の単純労働を対象にしていますが、そのほかの仕事を含めて労働力不足はしばらく続くでしょう。残念ながら改正でいくつかの問題ももたらすでしょう。

Q 外国人労働者の受け入れ拡大の法案も通りました――。

労働基準法が70年ぶりに改正され、労働時間の長さでなく成果・能力を基準とした新しい働き方が認められました。これで雇用市場は大きく様変わりするでしょう。それから昨年末には入国管理法の改正案も成立しました。単純労働といわれる仕事に限り、外国人労働者の受け入れが広がります。建設、農業、介護現場の人手不足対策のひとつとして期待されていますが、様々な懸念をともなうため議論が尽きません。アメリカなどの諸外国では、単純労働に従事する外国人労働者の在留資格は1~2年程度。日本はこれを5年と定めました。労働市場を国際社会に向かって開放するといった点では大きな進歩ですが、同時に新しい課題を生むことになりそうです。

Q女性の活躍に期待が広がっていますが、国内での課題はどんなところにあるでしょうか?

女性活躍推進の点ではとても急速な進歩が見られていますね。いまや女性労働参加率ではアメリカを上回る日本。しかし国内の労働参加女性の大多数がパートタイムなどの非正規社員として働いています。この点ではまだ十分だとはいえない。同一労働同一賃金も来年には施行が見込まれますが、その結果こうした待遇差(ギャップ)も狭まるだろう、そう期待されています。一方、定年後のシニア人材の労働参加率は低くない。国内のスタートアップ企業の約半数は定年退職後のシニア人材が起業しているくらいです。しかし女性の就労の質、待遇の向上こそが重要。急務だと思います。女性支持率を上げて、総支持者を増やしたい安部内閣にとっても重要な施策となるでしょう。

Q シニア人材の活用について:2018年は定年制度の見直しを推進する動きも見られました。日本全体をおしなべると終身雇用・年功序列の風習はまだ根強いのでしょうか?

かつての日本では終身雇用や年功賃金といった制度が従業員の忠誠心を高めてくれるおかげで、企業は労働力を長期的に確保することができ、特にこの制度と相性が良いことから製造業では著しい成長を遂げてきました。しかし、テクノロジーの進化、ビジネスの多様化といった新しい流れを受けて終身雇用・年功賃金は淘汰されはじめています。GAFAのようなプラットフォーム事業の業界やスタートアップ企業のビジネスモデルには適さないためです。人生100年時代ともいわれる長寿化が進むなか、年金支給の開始年齢はいまもなお65歳。支給開始年齢の引き上げを取り巻く議論の中で、まずは国家公務員の定年を60歳から65歳へと段階的に引き上げることが検討されています。ここで重要になるのが、雇用の柔軟化です。定年退職の後、ほかの会社からの再雇用がほとんど望めないといった従来の風習は少しずつ変わっていくでしょう。

(2019年1月 ロバート・ウォルターズ・ジャパン主催 給与調査2019発表会より。文責:ロバート・ウォルターズ・ジャパン)