慶応義塾大学名誉教授 東洋大学教授 竹中平蔵

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ロバート・ウォルターズ・ジャパン 代表取締役社長 デイビッド・スワン

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日本が第4次産業革命を推し進めるために必要なこととは。「レギュラトリーサンドボックス」、「ビッグデータのコントロールセンター」、「リカレント教育」――。

ロバート・ウォルターズ・ジャパンは、日本の最新雇用動向と職種・業種別の給与水準をまとめた「給与調査2018」を発行しました。これを記念し東京都内で開催した発表会に竹中平蔵さん(慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授)をお迎えし、世界・国内経済と労働市場の見通しについてディスカッションを行いました。

>>「給与調査2018」スペシャル対談 第2弾はこちら

salarysurvey2018-1-02

「英語に堪能で専門性を備えたグローバル人材の需要は過去最高レベルに達しています」―デイビッド・スワン

グローバリゼーション、テクノロジーの進化にともなって、日本でもグローバルやクロスボーダーのビジネスが一層加速しています。そのため業界に隔てなく広範な分野で、グローバルのビジネス慣習と第2言語に堪能な人材を据えたいという企業が多く、その需要は過去最高レベルに達しています。これは専門スキル、豊富な経験値を備えた優秀なバイリンガル人材を確保できるか否かが企業の将来性を左右し始めていることを示唆しています。

salarysurvey2018-1-03

「AI、ロボット、IoT、ビッグデータ、シェアリングエコノミー。第4次産業革命を国内で進めるための準備が進んでいます」―竹中平蔵 

日本経済と経済政策に何が起きているのかをいくつかのキーワードをもとに話します。一つ目は「大いなる安定」。この数年、世界経済の好調が続いています。昨年は30カ国以上で株価が最高値を更新。世界全体の平均株価が20%ほど伸びるなど、多くの国で経済成長が見られ日本経済にも好影響を与えています。政府は毎月景気動向指数を出していますが、最新の発表にも「日本経済は安定的に成長を遂げている」と記されています。政府が出した2018年度経済予想では、今年度1.9%成長、来年度1.8%成長と予想しています。高い水準ではありませんが、日本の経済成長の余地は1%程度と見込まれていますので、それを前提に見れば低い水準ではないことがわかります。少子化など様々な影響も加味された予想ですが、ともかく日本経済は2%ほど成長するとして政府は明るい見通しを示しています。また、国内の経営者を対象にした調査がありましたが、それによると国内経営者の75%の消費増税が見込まれる2019年秋まではこの好調が続くと予想しています。私も当面の見通しは明るいと思っています。

2つ目のキーワードは「リスク要因」。世界経済は多数のリスク要因に包囲されています。例えば北朝鮮の動き、中国の経済成長の動き。中国経済は米ドルベースで日本経済の2~4倍の規模です。中国の成長率が落ち込めば日本だけでなく世界経済全体に影響を及ぼします。米FRBが金利の引き上げを決めましたが、そうなれば円安になり日本株には好都合。アメリカが金利を引き上げれば為替レートに影響が出ますし、日本株は為替レートに左右されやすい。反対に、北朝鮮への懸念が広がれば安全通貨な円は買われるでしょう。円買いが進めば円高になる。このように為替レートの動きは、日本経済に影響を与えやすいのです。

3つ目のキーワードは「怠慢」。CRICサイクルという言葉がありますが、経営者・政治を担う人々の間には一定の満足感が漂っているように思います。Crisis(危機)→ Response(反応)→ Improvement(改善)→ Complacency(怠慢)。危機時には改善が図られる。例えば小泉政権が発足したころ経済危機がありましたが、危機を受けて我々は対策をとるという反応をしました。そしてやがて改善が奏功して経済への好影響を認めると、経済再生の勢いが減退していった。安倍政権は順調にことを運んでいますが、先の再生に向けた勢いが少し弱まっているように思います。注視する必要がありますね。

4つ目は「第4次産業革命」。AI、ロボット、IoT、ビッグデータ、シェアリングエコノミー。いくつかこれにかかわる日本の政策に焦点をあててみましょう。日本政府は毎年成長戦略を発表します。私はこの政策委員会の一員です。2017年の成長戦略として、3つの需要な政策が打ち出されました。1つ目は「レギュラトリーサンドボックスの設置」。「規制の砂場」の中であれば起業家たちはどんなことでもできる。規制に阻まれずに試してみよう、というもの。急成長が見られる技術、AI、ロボット、ビッグデータ。何でも試せます。レギュラトリーサンドボックスはイギリス政府が世界ではじめて採用し、今ではシンガポールでも活用されていますが日本でもこれを採用しようと。来週から国会審議が始まりますが、提案が通れば、このレギュラトリーサンドボックスが議決されます。レギュラトリーサンドボックスがどう活用されるかは経営者次第ですが第4次産業革命の活性化に役立つのは間違いないでしょう。2つ目の政策は「ビッグデータのコントロールセンター(中央管理室)の設置」。ビッグデータは誰が持っているのか。アマゾンやグーグルにはありそうですよね。しかし日本ではどうでしょう。イギリスではビッグデータを集積する機関を作りました。コントロールセンターです。公的なビッグデータと企業が持つビッグデータを集積したものです。日本でもこれを作ろうと。そうなるとビッグデータのアーキテクト(設計士)が必要になります。25年前、日本にインターネットを普及させたコンピューター科学者の村井純教授という方がいますが。村井教授のようなデータアーキテクトの存在が重要になるでしょう。

そして最後に「リカレント教育」です。例えば10年前に大学の工学部を卒業したエンジニアがいたとします。この方が最新技術については詳しくないとなれば、仕事終わりに2年間大学か大学院に行って最新技術を学んでくださいと。その学費の約半分を国が負担するという考えです。こうしたリカレント教育が進めば人材資本が向上し、そうした人々の年収も上がる。その結果、所得税の税収が伸びるという仕組みです。政府の目線から見ればとても効果的な投資です。こういう新しい試みがこの国でも始まっていく。

経済は好調ですが、リスク要因は複数あります。リーダーたちが「怠慢」のフェーズにあることも心配です。今の状況が悪くないために再生への勢いが減退していますが、今が好調だからこそ未来に備えなくてはなりません。そのためにレギュラトリーサンドボックス、ビッグデータ構築のシステム整備、リカレント教育制度などの新しいツールの準備が始められているのです。そして皆さんにこれらのツールを活用いただけることと願っています。

――ビッグデータ活用やAIの商用化に向けて、AI関連のエンジニアやデータアナリストなどの需要が急伸しています。AI脅威論などもありましたが、AIは日本の労働力にどんな影響を与えるでしょうか?

5-6年前にオックスフォード大学のオズボーン準教授が発表した調査結果では、従来の仕事のおよそ40%が消えると結論づけられた。当時は銀行を含め多くの産業ではこの結果を受け入れるのに消極的でした。しかし最近になってみずほ銀行、三菱UFJといったメガバンクが数年以内に従業員を25%削減する意向を発表しました。フィンテックにかかわることで、日本で起きていることですが、日本は多くの企業が人材不足に直面しています。消える仕事はある一方で、日本では高い人材需要があります。ほとんど相殺される形になりますが、ここで重要なのはトレーニング。リカレント教育です。リカレント教育はこの課題を解決する鍵であり、AIがもたらす第4時産業革命の機会を活かす糸口でもあります。リカレント教育は中長期的な施策であるのに対して、短期的には所得再分配を可能にする新しいアイデアが必要です。安倍政権はベーシックインカム(所得保障)の採用に消極的です。そういった速攻力のある政策のディスカッションが近く始まります。ともかく、AIは一定数の労働機会に影響をもたらすでしょうが、労働力人口の減少を抱える日本においては、AIによるネガティブな影響をさほど深刻視する必要はないと思っています。

salarysurvey2018-1-04

「求められるスキルセットを持ち合わせた人材の供給が需要に満たない。転職時の給与は25%増のケースもあります」―デイビッド・スワン

自動車メーカーなどの製造メーカーではかつての電気エンジニアと機械エンジニアのスキルをあわせ持つメカトロニクス・エンジニアが活躍するなど、従来型ビジネスの分野でも新たな専門スキルが採用要件に付加されるケースも散見されます。人事では人事ビジネスパートナー(HRBP)、財務ではフィナンシャル・プランニング&アナリシス(FP&A)、商工業・金融サービスではデータアナリストなど課題発見・解決能力と戦略的な判断を用いて組織とビジネスの成長に貢献する人材に対しても需要が伸びています。東京都の有効求人倍率は2倍強ですが、こうした専門性の高い仕事や新興分野の仕事では4~5倍と需要が高く、英語・日本語の2言語を使いこなせるバイリンガル人材に対する需要は、更にその数倍にも上る状況にあります。

フィンテック、メディテック、HRテック、不動産テック、アグリテックなど、昨年後期に続いて2017年も「○○テック」という言葉の普及をともなって最新IT技術の実用化が広範な業界で広がっています。また、オリンピック開催に向けたITセキュリティ対策の加速も目立ちます。これにともない足元ではAI、IoT技術の実用化を担えるエンジニアと、その技術を国内外に売り込める営業スペシャリストが圧倒的に不足しています。こうした新興分野では、これまでに無かった新しい仕事が生まれています。

求められるスキルセットを持ち合わせた人材の供給が需要に満たないことから、こういった人材が転職内定時に提示される給与額が平均10~15%ほど前職時に比べて高くなっています。テクノロジーをともなう新興分野などでは20~25%に達するケースもあります。さらには在宅勤務・研修制度の充実・評価基準の改変など働き方に関するメリットを訴求して求人応募者を集めようと試みる企業も増えています。この動きは2018年以降もさらに広がるものと予想されます。

salarysurvey2018-1-04

「高等教育の推進こそが急務。第4次産業革命において教育は重要です」―竹中平蔵

――先ほどフィンテックの話がありましたが、○○テックといわれるようなAI・IoTの実用化を担えるエンジニアなどでは人材需給が逼迫しています。求められるスキルセットの複雑化が進んでいますが、日本の教育改革に進化はみられますか?

安倍政権になって、日本経済は好調になり日経平均株価は2.5倍に伸びました。完全失業率もとても低くなっています。ところが残念ながら世界水準でみると東京大学のランクが下がっています。さらに下がるかもしれない。第4次産業革命においても教育はとても重要ですが、教育改革は少し遅れをとっています。若い学生が減少し、いよいよ「2018年問題」に突入します。今年を境に大学の出願者が減り、大学間の競争が始まります。一方で収入格差が広がっていて、初等教育の時点でもこの格差が顕著に影響しています。安倍首相はこの社会問題を受けて初等教育の無償化を掲げています。所得の再分配になるといった考えですが、私はこの考えには同意できません。いつかは必要なのかもしれない。しかしそれ以上に急ぐべきは大学などの高等教育の推進です。大学などの高等教育が推進されれば、高校・中学・小学校の教育の質も自ずと改善されるであろうと考えています。

 

(2018年1月 ロバート・ウォルターズ・ジャパン主催 給与調査2018発表会より。文責:ロバート・ウォルターズ・ジャパン)