経済学者 竹中平蔵氏
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ロバート・ウォルターズ・ジャパン 代表取締役社長 ジェレミー・サンプソン
最新技術の進化で急速的な広がりを見せる産業構造の変化とグローバル化――。「人生100年時代」、「高齢化社会」も伴なって終身雇用・年功賃金が見直される今、日本のビジネスシーンはどんな人材を欲しているのか。最も求められているスキルとは。
ロバート・ウォルターズ・ジャパンは、日本の最新雇用動向と職種・業種別の給与水準をまとめた「給与調査2020」を発行しました。これを記念し東京都内で開催した発表会に大臣職を務めた経験も持つ経済学者の竹中平蔵さん(慶應義塾大学名誉教授)をお迎えし、国内の労働市場の見通しについてディスカッションを行いました。
(2020年1月 ロバート・ウォルターズ・ジャパン主催 給与調査2020発表会より。文責:ロバート・ウォルターズ・ジャパン)
>>2020年版 給与調査はこちら

「専門性の高いグローバル人材への引き合いが弱まることは考えづらい」 ―ジェレミー・サンプソン
東京オリンピックを目前に控える日本では、国際化が加速しています。外資系はもとより海外事業の進む国内企業や外国人観光客の需要に関連の深いビジネスなど、昨今の日本では業界に隔てなくグローバル人材の需要が高まっています。そうした中、国内のグローバル人材の供給は、恒常的な人手不足に加え、英語を扱えるバイリンガルの少ないことから、語学力と国際感覚に優れた日本人、そして技術職などの高い専門性を持った外国人の売り手優勢な環境が続くことが見込まれます。
短期的には貿易摩擦やコロナウィルスなど複数の側面で不確実性の高まりが懸念される一方で、技術革新とグローバル化の加速を実感する日本ではこうしたスキル人材への引き合いが弱まることは中長期的に見ると考えづらいように思います。

「もっと柔軟な労働市場、柔軟な雇用制度が必要」-竹中平蔵
Qバイリンガル人材の不足、ハイスキル分野・テクノロジー分野では特に著しいのですが。それを受けて昨今の日本の労働市場には変化・新たな課題など見受けられますか?
まず、グローバル、そしてデジタルという2つのキーワードを認識することが重要だと思います。国内でも大手トップ企業を中心に、この2つの進化に向けた準備が進んでいますが、政策に目を向けるとまだ課題が残ります。70年ぶりの労働基準法の改正から数年が経ちますが、今もなお日本企業の多くは第二次世界大戦後の慣習、旧来型の雇用制度から抜け出すのに苦労しています。終身雇用・年功賃金制度は、製造業などでは効果的に機能しますが、金融分野や知識集約型の産業にはあまりそぐわず、いくつもの問題を生んでいます。安倍政権はこれを変えようとしていますが、労働組合などからの反対もあり、労働基準法の改正自体は実施されながらも、その内容はまだ十分に満足するものにはなっていません。もっと柔軟な労働市場と雇用制度が必要。説明にもまだ時間と努力が必要です。
日本企業はいま奮闘しています。金融業界などでは異業種や海外から人材を採用する。ある意味、自らを否定するような、そうした改革が求められていると思います。日本企業の多くは人材開発への投資が十分ではありません。海外から、または他業界・他社からの人材を活用するほかないといった状況ですから、人材の流動は重要です。

「転職機会への自信とスキル意識に変化。人材の流動性が高まっています」―ジェレミー・サンプソン
ロバート・ウォルターズ・ジャパンが昨年取り扱った転職件数のデータでは、人材の流動性が高まっていることが分かりました。20代では特に転職数の増加が顕著です。大手日系企業が度々終身雇用・年功賃金の見直しを挙げるなか、自身のキャリアアップを会社に委ねるのではなく、自ら主体的に取り組もうとするプロフェッショナルが増えているように感じます。
同時に50代でもわずかながら転職数が増加しました。終身雇用の見直しで生涯同じ会社に勤められるとも限らないという不安なども背景にあるのかもしれません。当社が国内で働くホワイトカラー人材を対象に昨年実施した調査では、48%が70歳またはそれ以上まで働くと答えました。これまで定年とされてきた60歳までで離職したいという回答はわずか15%に留まりました。別の調査では、国内で英語と専門性を武器に働くプロフェッショナルの79%が転職機会が「ある」として転職への高い自信を示しました。

「就学と就労を繰り返す時代に。マルチステージライフプランを考えて」―竹中平蔵
日本は世界最高齢者を出すなど平均寿命の長い国のひとつです。ですから、この先の時代では「人生に1社だけで働く」というこれまでの常識を変えていくことになるでしょう。20年間勉強して40年間働く、そして残りの20年は定年後の人生を楽しむというのが従来の典型的な生き方でした。「人生100年時代」という言葉のとおり、これからは100歳まで生きる時代になると言われています。本当にそうなれば、長い人では90歳くらいまで働かなかければいけなくなりますね。マルチステージライフプラン(マルチステージ念頭にした人生設計)を考えなければなりません。例えば、大学を出て10年働いたらまた2年大学に戻り、そしてまた働く。また復学し、そして働く。これを繰り返す。要するに労働市場の変化に合わせて自分も変わらなくてはならないということですね。
日本にはこの国特有の定年退職という制度があります。ある年齢に達すると強制的に解雇される制度です。これを年齢に対する差別だという声もあります。私は68歳ですが健康です。同じ年齢で健康でない人もいますが、だからといって年齢に達したら離職を強制されてしまうというのは、確かに差別かもしれない。例えばヨーロッパのいくつかの国ではこうした制度を設けることが禁止されています。最近では定年に対し柔軟な会社も増えてきていますが、ともかく定年退職というコンセプトが見直される時代が来たのです。これに対してはとても複雑な議論が続いています。一案は定年退職という制度そのものを撤廃しようというもの。もう一つは定年の対象年齢を65歳から70歳へ、70歳から75歳へと引き上げていこうという考えです。実際のところ多くの前期高齢者が企業で採用され、働いています。そのおかげで職場のダイバーシティも進んでいます。

「女性活躍にも進歩が。女性の給与水準が伸びています」―ジェレミー・サンプソン
日本でもこの数年でダイバーシティ&インクルージョンが確実に広がっていますね。 ダイバーシティでは、もう一つ大きなトレンドとして女性活躍の進歩が見られます。ロバート・ウォルターズ・ジャパンが昨年取り扱った転職結果をもとにしたデータでは、転職による給与変動の中央値は男性転職者では1-9%の給与増だったのに対し、女性転職者では10-19の%給与増でした。女性は配属先・役職または待遇の違いから、男性との間に年収の差があるのが通例でしたが、そのギャップが少しずつ埋まってきていることを示唆します。女性活躍推進がまた一歩前進していることを嬉しく思います。

「本質的な女性活躍はこれから。重要な職責に就く女性が増えていく」―竹中平蔵
確実に前進していると思います。過去5年間を見ても日本の総人口は減り続けていますが、労働力人口は増えています。女性の労働参加者が増えました。今や日本は女性の労働参加率ではアメリカを上回ります。それでも、雇用条件や職責ではまだ改善の余地が大きいのが現状です。終身雇用の影響で、男性が女性よりも高い水準の給与を受け取ってきましたから。本質的な女性活躍の実現にはまだまだ取り組みが必要です。国会を見てもまだ女性議員の比率は残念ながら高くありませんが、安倍首相はウーマノミクスの重要性を挙げています。少しずつ重要な職責に就く女性が増えていくと確信しています。